グラインドハウス U.S.A.バージョン

風にころがる映画もあった


いつの頃からだろうか、映画館に出かけるのが億劫になってきたのは。
「やっぱり映画は映画館で観なきゃ」と封切り館と名画座をハシゴし、話題作には先行オールナイトか初日に駆けつけ、内容が無いような薄っぺらいパンフレットを必ず買い求め、大量のチラシを強奪していたかつての映画少年は、いつの間にやら「別にレンタルDVDでも充分じゃないスかねえ、うへへ…」と下卑た笑みを浮かべる怠惰なクソ中年へと変わり果てていた。
携帯電話のバックライトと、後ろから蹴りまくられる座席。ポップコーンのバター臭。気がついてみれば、映画館は本当にストレスが溜まる空間だ。
例え観た映画が面白かったとしても、その映画を大勢で共有する幸福な祝祭的空間、という甘美な感覚は絶えて久しかった。


さてその昔、B級C級の低俗なエクスプロイテーション映画ばかりを2本立て3本立てで上映する映画館が、アメリカで隆盛を誇る時代があったという。
クエンティン・タランティーノロバート・ロドリゲスが競作するオムニバス映画の本作では、そんなグラインドハウスと呼ばれた当時の映画館の雰囲気が、徹底的にシミュレートされた作りとなっている。


ロドリゲス監督の『プラネット・テラー』は、ゾンビ・ホラー活劇。
全編に流れるどんよりしたギター、ドンドコドコドコしたリズムが、ジョン・カーペンタリズムという名のB級魂とジャンルへの愛を、高らかに緩やかに歌い上げる。
オモチャ感覚のCGと汚らしい特殊メイク、リアリティ完全無視のアクションには頬が緩みっぱなし。いちいちスカしてて、おセンチで、でも最高に安っぽい名台詞の数々には中学生魂がシビレっぱなし。
馬鹿で幼稚で下品で俗悪で、もう本当にどうしようもない(以上、ほめ言葉)。
近年の傾向だったCG多用の作り込み故の安っぽさが、本作では実に見事にはまっていて、ロドリゲス作品としては『デスペラード』『フロム・ダスク・ティル・ドーン』と並ぶ快作に仕上がった。


タランティーノ監督の『デス・プルーフ』は、本人が言うところの「スラッシャー(殺人鬼)ムービー」というよりは、もはやアンディ・ウォーホルあたりが撮っていたアート・フィルムの域に近い。
ゆるゆるのガールズ・トーク、凄惨なカー・クラッシュ、だらだらのガールズ・トーク、壮絶なカー・チェイス「だけ」という異常な構成。果てしなく続く無防備な肢体の女の子達による無意味な会話シーンに意識が途切れかけそうになったかと思えば、ノーCGのアナログでアナクロなカー・スタントの迫力にブッ飛び、一気に覚醒する。
ラス・メイヤーmeets『バニシング・ポイント』といった表現は当り前すぎて生ぬるい。これはもう、ソフィア・コッポラmeets『マッドマックス』と言ってしまいたくなるような狂った味わいだ。
女の子達を付け狙うサイコ・キラー役のカート・ラッセルも、これまでのタフガイのイメージを逆手にとった驚きの演技を披露。カメラ目線をビシビシ決めて、新たな魅力を炸裂させる。
そんなカート叔父貴のおかげでクライマックスは爆笑に継ぐ爆笑。最高に爽快で素頓狂で『ファスター・プッシーキャット キル!キル!』なラストシーンを迎えた観客は、間違いなくタランティーノが本作でネクスト・レベルに突入した事を確信するだろう。


残念な事にアメリカ興行成績の不振から、日本ではディレクターズ・カット版がそれぞれ『デス・プルーフ in グラインドハウス』『プラネット・テラー in グラインドハウス』として単独公開される事態となった。確かに両作品はキャストが一部重複する以外に特に共通する部分は無いし、何ら問題なく独立して楽しめるようになってはいる。
しかし、2本一気に観る事で起こる相乗効果というか化学反応は絶大。3時間超の上映時間を乗り切って『デス・プルーフ』ラストの「THE END」にたどり着いた時のカタルシスは、ディレクターズ・カット版の比ではないはずだ。
フィルム・リールが丸々1巻欠損しているため話が飛ぶといった数々のギャグや、サービス精神に満ちた4本のフェイク予告編も含めて、やはりこれは2本一気に観てこそ増す価値もあるはず。2本一気に観てこそ許せる酷い部分も多いし(笑)。
上映時間が伸びて編集も異なるというディレクターズ・カット版では、評価もまたかなり違ってくるのではないだろうか。個人的には今のところ、それぞれの単独公開を観に行く気にはなれない。


さてその日、TOHOシネマズ六本木ヒルズは、単館、しかも1週間の限定上映、さらに驚きの入場料3,000円という厳しいハードルをクリアして駆けつけた猛者どもで、ほぼ満席状態。
3時間を大いに笑い、ほんのちょっぴり泣き(笑)、もう存分に楽しませてもらった俺は、猛者どもと一緒にスクリーンに向かって拍手を送りながら、本当に久し振りに「映画館ってやっぱり良いなあ」と実感したのだった。


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