ボーン・アルティメイタム

愛もなく、なぜ造った。


現代スパイ映画の新たな領域を開拓し、アクション映画の最高到達点を1作ごとに更新してきたジェイソン・ボーン・シリーズが、トリロジー(三部作)としてこれ以上ないほど見事に完結。
とにかく面白い映画を観たいんだ!という人なら万難を排して劇場に駆け付けるべき一本、と一点の曇りも無い満面の笑顔で言い切れます。
ただし鑑賞前に前作『ボーン・アイデンティティー』『ボーン・スプレマシー』の復習は本当に必須!


ポール・グリーングラス監督の演出は終始クールなドキュメンタリー・タッチを貫き通しているものの、「国のため」というアバウトなお題目のもと、個人を操作し、利用し、封殺しようとする組織に対する本気の怒りは隠しようが無い。
思えば前作『ユナイテッド93』は、徹底的に抑制された感情が最後の最後に暴発したような作品だったが、監督、今回は最初から爆発しまくってます。


撮影者の意識を追体験しているかのような、手持ちカメラによる半端ない臨場感あふれる撮影。驚異的なカット数を驚異的に手際良くさばいてみせる編集。観客のアドレナリン放出量を自在にコントロールする音楽と音響。
映画を構成する要素の全てが監督の怒りに呼応して渾然一体となり、生み出された凄まじいエネルギーが全編を異常なテンションで衝き動かしていく。


脚本は巧妙にして大胆。決してリアル一辺倒ではなく、けれん味優先、「そんなのあり?」な展開も続出する。引っ掛かりを覚えてしまう人も多そうだが、個人的にはこの強烈なドライブ感は大いに「あり」。
随所にシリーズへの愛を感じさせるのも良い(この愛に欠ける続編の何と多い事か)。「〜スプレマシー」のあの名シーンの新解釈には、シャマラン映画のオチよりも驚愕。
すでに退場したあの人の言葉や、あの人の面影が、新たに重要な意味をもって再現される様も、ボーンが記憶喪失後に獲得した想い出を慈しんでいるようで巧いし、いちいち泣ける。


アクション・シークェンスの数々も、大幅にパワーアップ。マイケル・ベイ作品のようなハデさとは無縁なれど、追う者、追われる者、さらに追う者、それらを監視する者、といった重層的な構造が生み出す緊張感は、もはや爽快感を超えて、苦痛すら感じるようなとんでもない領域に突入しています。
無数の監視カメラとエージェントによる包囲網の突破!
交通事故の再現フィルムを延々と見せられている気分のカーチェイス
体ひとつで文字通りビルを飛び越え、突き抜けまくりながらの索敵&追跡!
互いの酸素を奪い合うかのような荒い息づかいのみが響く、まさに「命(タマ)の取り合い」状態の格闘戦!
アクション映画を観ている最中は、とかく「早くドンパチ始まんねーかなー」と思いがちのお子様状態な僕ですが、本作に限ってはもうお腹いっぱい。「早く会話シーンで休ませてー」と願ってばかりでしたよ。


ボーンの驚異的な思考と行動の並列処理能力もいよいよ冴え渡り、演じるマット・デイモンもますます精悍なルックスに磨きがかかった。本作のデイモンを見て「ジミーちゃん」呼ばわりする観客は、もはやいないはず。
3作連続登板のあの人や2作目から登板のあの人、初登場のあの人達まで、役者陣のアンサンブルも見事。特にデヴィッド・ストラザーン演じるCIAの対テロ調査局長は『グッドナイト&グッドラック』のイメージが大きかっただけに、とことん憎々しい小役人風の悪役演技は大いに楽しめた。

注意! 以下、ネタバレ全開です。


「愛もなく、なぜ造った。」というのはロバート・デ・ニーロ主演版『フランケンシュタイン』の宣伝コピーだが、デイモンのフランケン顔は伊達じゃない。記憶を失ったCIAの暗殺者ジェイソン・ボーンの過去への「心の旅」は、ゴールが近付くにつれて「怪物」とその「創造主」を巡るスパイ映画版「フランケンシュタイン」とも言うべき物語の実態を露にしていく。


「怪物」が生み出された場所で対峙する「創造主」との絶望的な断絶。
そして、これまで互いに殺し合う事しか出来なかった「兄弟」との間に生まれる対話の希望。
その希望を引き出すのが「〜アイデンティティー」で死闘を演じた「兄弟」の今際の際の言葉というのが泣かせる。


撃たれて川に落下したボーンは、力なく水中を漂う。もちろん「〜アイデンティティー」冒頭の再現なのだが、今度はもう自分を見失ったまま誰かに引き上げられ、流されるような事はない。
意識を取り戻しても、水面に浮かび上がる事なく、無明の闇に向かって泳ぎ始めるボーン。新たなアイデンティティーを獲得したその姿は、たとえそれがこれからも平穏とは無縁の世界に生きていく宿命だとしても、力強く希望に満ちている。
消息不明のニュースを見ただけで彼の生を確信し、会心の笑みを浮かべるニッキーに100%シンクロせずにはいられない、最高のラストシーンだ。


あとお約束のエンドタイトルもモービーのテーマ曲、映像ともにパワーアップしていて最高にカッコいいんだけど、ちょっと可笑しかったなあ。


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