アートスクール・コンフィデンシャル

芸術家残酷物語


「偉大な画家に、僕はなる!」。
夢と希望に胸ふくらませて、ニューヨークの美術学校に入学したジェローム
だがそこは、根拠の無い自信と肥大した自尊心でブッ壊れた、芸術家の(腐った)卵の吹き溜まりだった。
一目惚れした美人モデルの気を惹こうとするジェロームもまた、迷走し、次第に自分を見失っていく…。


ゴーストワールド』ミーツ『ハチミツとクローバー』。
明るく楽しく、時に切ない「ハチクロ」とは対照的な、陰険で憂鬱で、際限なく惨めな美大のキャンパスライフが、冷めた視線のブラックユーモア満載で綴られていく。


悪い意味でユニークな学生たちはもちろん、心のこもらない授業風景が最高なジョン・マルコヴィッチ先生や、イヤミな画廊オーナーのスティーブ・ブシェミ等、生徒を取り巻く大人も揃ってダメな人たち。


成功した卒業生、落ちぶれた卒業生が語るイカレた芸術論。
あらゆるアート手法を片っぱしから試しまくり、スベリまくるジェロームのドタバタ劇。
いかにもダメな感じが見事な劇中作品の数々と、それをしたり顔で評価する人々の愚かしく滑稽な姿。


誇張されつつもリアルな美大のダークサイドを嗤いつつ、脚本のダニエル・クロウズテリー・ツワイゴフ監督は、空疎な現代アート「業界」に対して痛烈な皮肉を投げかける。
美しくも完全に間違っているハッピーエンドには、現役美大生やデザイン・フェスタに出典するような人たちでなくとも奇妙な感動を覚えるはずだ。


広川太一郎氏


3月3日にお亡くなりになっていたそうで、山田康雄氏の訃報を聞いて以来の大きな衝撃を受けています。
謹んで御冥福をお祈り致します。


「広川節」炸裂の『Mr.Boo!』シリーズを始めとするコメディやナレーションは言わずもがな。
TVドラマなら、家弓家正氏演じるゴールドマン局長との掛け合いにシビれた『600万ドルの男 』のスティーブ・オースチン大佐。
アニメなら『名探偵ホームズ』もいいけど、『キャプテン・フューチャー』のカーティス・ニュートン
「OO7」シリーズのロジャー・ムーアに、『鷲は舞い降りた』のマイケル・ケイン
素直にカッコいいと思える大人の二枚目路線には、大いに憧れたものです。


喪に服すべく、録画していた『大陸横断超特急』を観たのですが、何だか笑って泣けてしまいましたよ。
メーカーさんは、とっとと『ワイルド・ギース』『ヤング・フランケンシュタイン』の大傑作吹き替え収録DVDを出してください。

アメリカン・ギャングスター

オカンとボクと、時々、マッポ


ゴッドファーザー』を筆頭に『スカーフェイス』『ニュー・ジャック・シティ』『セルピコ』『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』『フレンチ・コネクション』『グッドフェローズ』『ヒート』『アンタッチャブル』『プリンス・オブ・シティ』『L.A.コンフィデンシャル』……ざっと思いつく限りのこの手の作品を片っぱしから足していき、その総数で割ったような作品。
2時間半、退屈する事無く楽しめるものの、先行作品を超える瞬間はなかなか訪れない。


リッチで洗練されていて、ファミリーの絆を重んじる悪のカリスマVS粗野で融通のきかない、私生活の荒んだ馬鹿正直の刑事という図式。
知恵と度胸で麻薬密売ビジネスを切り拓き、暗黒街でのし上がっていく痛快ピカレスク譚。
賄賂が横行する腐敗しきった警察の中で正義を貫き通す、誇り高き戦い。
その狭間で道を踏み外し、破滅していく人々の群像劇。


手垢にまみれた旧作群のイメージを片っぱしから踏襲してみせる事で、リドリー・スコット監督は逆にジャンルから距離を置こうとしているのだろうか。と分かったような分からないような口を利いてみたり……。
鬱陶しい映像処理を排して70年代のルックスの再現に徹した撮影は素晴らしいが、それが逆にリドリーらしさを希薄なものにしていたり……。
物語にベトナム戦争を中心とした当時の世相が大きく影を落としている点が、新味といえば新味なんだけれど……。
とにかく先行作品にくらべて押しが弱いというか、あくが無いというか、お行儀がいいというか……。


そんなどうにも3点リーダーな煮え切らない状況から脱して、本作がついにその独自性を発揮し始めるのは、それらのイメージを全て消化した後の終盤に入ってからだ。
セールス・ポイントとなっている『バーチュオシティ』以来の「対決」を経たデンゼル・ワシントンラッセル・クロウは、観客の意表を衝く新たな関係を結び、俄然輝き始める。
特にデンゼル! それまでの腐った魚のような目から一転、まさに水を得た魚のようなノリノリの演技を披露する姿に「なるほど、これがやりたかったのね」と深く納得。


「時間も無いんで、そろそろ巻きで」と言わんばかりの畳み掛けるようなバタバタした編集も、それはそれでスピード感があっていいんだけど、やっぱりこの終盤はもうちょっとじっくり見せてもらいたいところ。それでこそ最後の脱力するようなトボけたオチも、いっそう輝きを増すってもんでしょ。


大幅にシーンが追加されるというDVDのディレクターズ・カット版は、エピソードの選択と編集次第で、更なる傑作になりそうな予感。
野球選手の道からドロップ・アウトしたデンゼルの甥っ子や、一癖も二癖もありそうな雰囲気を漂わせる「だけ」に終わってしまったラッセルの仲間達の描写あたりを期待したい。


役作りなのか単なる不摂生なのか判断に迷う樽体型のラッセルもイカしてましたが、悪徳刑事を演じるジョシュ・ブローリンの小規模な威圧感にシビレましたよ。

寒中お見舞い申し上げます。

ご無沙汰してます。
年始の挨拶も遅れたままで、すみません。
八王子は昨日、かなり雪が積もりました。

シネパカで2007年度公開映画ベスト10を発表してます。
よかったら、ご覧になってください。

ボーン・アルティメイタム

愛もなく、なぜ造った。


現代スパイ映画の新たな領域を開拓し、アクション映画の最高到達点を1作ごとに更新してきたジェイソン・ボーン・シリーズが、トリロジー(三部作)としてこれ以上ないほど見事に完結。
とにかく面白い映画を観たいんだ!という人なら万難を排して劇場に駆け付けるべき一本、と一点の曇りも無い満面の笑顔で言い切れます。
ただし鑑賞前に前作『ボーン・アイデンティティー』『ボーン・スプレマシー』の復習は本当に必須!


ポール・グリーングラス監督の演出は終始クールなドキュメンタリー・タッチを貫き通しているものの、「国のため」というアバウトなお題目のもと、個人を操作し、利用し、封殺しようとする組織に対する本気の怒りは隠しようが無い。
思えば前作『ユナイテッド93』は、徹底的に抑制された感情が最後の最後に暴発したような作品だったが、監督、今回は最初から爆発しまくってます。


撮影者の意識を追体験しているかのような、手持ちカメラによる半端ない臨場感あふれる撮影。驚異的なカット数を驚異的に手際良くさばいてみせる編集。観客のアドレナリン放出量を自在にコントロールする音楽と音響。
映画を構成する要素の全てが監督の怒りに呼応して渾然一体となり、生み出された凄まじいエネルギーが全編を異常なテンションで衝き動かしていく。


脚本は巧妙にして大胆。決してリアル一辺倒ではなく、けれん味優先、「そんなのあり?」な展開も続出する。引っ掛かりを覚えてしまう人も多そうだが、個人的にはこの強烈なドライブ感は大いに「あり」。
随所にシリーズへの愛を感じさせるのも良い(この愛に欠ける続編の何と多い事か)。「〜スプレマシー」のあの名シーンの新解釈には、シャマラン映画のオチよりも驚愕。
すでに退場したあの人の言葉や、あの人の面影が、新たに重要な意味をもって再現される様も、ボーンが記憶喪失後に獲得した想い出を慈しんでいるようで巧いし、いちいち泣ける。


アクション・シークェンスの数々も、大幅にパワーアップ。マイケル・ベイ作品のようなハデさとは無縁なれど、追う者、追われる者、さらに追う者、それらを監視する者、といった重層的な構造が生み出す緊張感は、もはや爽快感を超えて、苦痛すら感じるようなとんでもない領域に突入しています。
無数の監視カメラとエージェントによる包囲網の突破!
交通事故の再現フィルムを延々と見せられている気分のカーチェイス
体ひとつで文字通りビルを飛び越え、突き抜けまくりながらの索敵&追跡!
互いの酸素を奪い合うかのような荒い息づかいのみが響く、まさに「命(タマ)の取り合い」状態の格闘戦!
アクション映画を観ている最中は、とかく「早くドンパチ始まんねーかなー」と思いがちのお子様状態な僕ですが、本作に限ってはもうお腹いっぱい。「早く会話シーンで休ませてー」と願ってばかりでしたよ。


ボーンの驚異的な思考と行動の並列処理能力もいよいよ冴え渡り、演じるマット・デイモンもますます精悍なルックスに磨きがかかった。本作のデイモンを見て「ジミーちゃん」呼ばわりする観客は、もはやいないはず。
3作連続登板のあの人や2作目から登板のあの人、初登場のあの人達まで、役者陣のアンサンブルも見事。特にデヴィッド・ストラザーン演じるCIAの対テロ調査局長は『グッドナイト&グッドラック』のイメージが大きかっただけに、とことん憎々しい小役人風の悪役演技は大いに楽しめた。

注意! 以下、ネタバレ全開です。


「愛もなく、なぜ造った。」というのはロバート・デ・ニーロ主演版『フランケンシュタイン』の宣伝コピーだが、デイモンのフランケン顔は伊達じゃない。記憶を失ったCIAの暗殺者ジェイソン・ボーンの過去への「心の旅」は、ゴールが近付くにつれて「怪物」とその「創造主」を巡るスパイ映画版「フランケンシュタイン」とも言うべき物語の実態を露にしていく。


「怪物」が生み出された場所で対峙する「創造主」との絶望的な断絶。
そして、これまで互いに殺し合う事しか出来なかった「兄弟」との間に生まれる対話の希望。
その希望を引き出すのが「〜アイデンティティー」で死闘を演じた「兄弟」の今際の際の言葉というのが泣かせる。


撃たれて川に落下したボーンは、力なく水中を漂う。もちろん「〜アイデンティティー」冒頭の再現なのだが、今度はもう自分を見失ったまま誰かに引き上げられ、流されるような事はない。
意識を取り戻しても、水面に浮かび上がる事なく、無明の闇に向かって泳ぎ始めるボーン。新たなアイデンティティーを獲得したその姿は、たとえそれがこれからも平穏とは無縁の世界に生きていく宿命だとしても、力強く希望に満ちている。
消息不明のニュースを見ただけで彼の生を確信し、会心の笑みを浮かべるニッキーに100%シンクロせずにはいられない、最高のラストシーンだ。


あとお約束のエンドタイトルもモービーのテーマ曲、映像ともにパワーアップしていて最高にカッコいいんだけど、ちょっと可笑しかったなあ。


ボーン・アルティメイタム [DVD]ジェイソン・ボーン スペシャル・アクションBOX [DVD]

ストレンヂア 無皇刃譚

あいにく本日、漂泊者


戦乱の世。天涯孤独の少年・仔太郎は、ある理不尽な運命から逃れるべく、愛犬・飛丸と旅を続けていた。彼を追うのは、大陸から渡ってきた金髪碧眼の剣士・羅狼が率いる凶悪な武装集団。仔太郎はふとした成りゆきから危機を救われた浪人を用心棒に雇う。彼は陰惨な過去の記憶から己の名前を捨て、刀を封じていた…。


時代劇といえばチャンバラであるが、本作の活劇志向はとにかく半端ではない。
全編にちりばめられた荒々しく猛々しい殺陣の数々は、豊富な対決のシチュエーション、超人的な体術と多彩な業物に彩られていて、とにかく飽きさせない。日本の時代劇と香港・中国の武侠片が巧みにミックスされたスタイルは、リアリズムとファンタジーのバランスも絶妙で、観ている間息が止まること必至。
殊に希代の武闘派アニメーター中村豊が手掛けるラストの対決シーンは、手描きアニメのみが表現しうるアクションの極限とも言うべき凄まじさで、果たして今後、これ以上の剣戟シーンを拝めるのか心配になってくるほどだ。


そんなエクストリームな活劇を支えるストーリーは、驚くほどシンプルでストイック。
各キャラクターの背景も、それぞれが交わって織り成すドラマも、必要最小限以下の描写にとどめられている。
山ほど出てくる「死にざま」には、何の意味も感傷も与えられない。
国のため金のため地位のため女のため。もっともらしい理由をつけて戦いに赴く者のことごとくが、1人残らず皆死んでゆく。人は死ぬ時に、死ぬ。ただそれだけだといわんばかりに、その描写は無情にして無常。
「生きたい」「守りたい」「強い奴と戦いたい」。
純粋な行動原理を持つ主役3人の「生きざま」のみが、これ見よがしでない言葉と芝居によって、丁寧に的確に綴られていく。


物語の前半、名無しと羅狼が初めて立ち回りを演じる場面がある。
ただ己より強い男と戦う事だけを切望して止まない羅狼は、街道で偶然にすれ違った名無しの力を見抜き、いきなり勝負を挑む。戦いはあくまで剣を抜こうとしない名無しが防戦の一方だったが、横やりが入ったため勝負はお預けとなる。
去っていく羅狼の背中を見つめながら、名無しは大きく息を吐き、さらにもう一度大きなため息をつく。解放される緊張感と、確かめられる安堵。殺陣の凄まじさに身を強ばらせていた観客もまた名無しに同調して大きくため息をつきながら、生を実感し確認する。
さり気ないが、本当に素晴らしい演出だと思う。


宣伝ではいちばんの売りになっている「声優初挑戦!」の長瀬智也も健闘。
もともとアニメ向きな声質だとは思っていたけれど、若々しくも無駄な力みの無い好演で、重い過去を背負いつつも飄々と生きている浪人という役どころに無理なくはまっている。
少々の拙さを感じる場面があったとしても、観終わってみれば長瀬以外の名無しは考えられないはずだ。


時をかける少女』もそうだったが、こういう成功例は多々あるのでタレントの声優起用も否定はしない。
作品的にも興行的にも非道で外道で素頓狂な『ザ・シンプソンズ MOVIE』は、もちろん完全否定だけど。


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